脳のCHAOSを考察する。

発達症併発(自閉スペクトラム・ADHD・LD)、共感覚を持つ私の見ているもの

瞬間湯沸かし器にはなれない。

 私は日常、ほとんどカッとなったりしません。何か出来事があったらそれを手動で情報処理をするため、怒りに繋がるまでに時間がかかってしまうからです。

 「これは腹が立つな」と思った時にはもう怒るタイミングとしては遅すぎる(相手がいなくなっている、話題が次に移っているなど)ので、大抵その怒りは表出することなく終わります。

 

 

 横断歩道で、私が歩いている時、見知らぬ自転車に乗った人が急に怒鳴りつけて来たことがありました。

 その時一緒に歩いていた私の姉が「はぁ?!」と叫び、その自転車の人を追いかけ、「なんでこっちが怒鳴られなあかんの?私たちただ横断歩道をルールに従って普通に歩いてただけなんですけど!!!」と抗議しました。

 

 その自転車の人(おじいさん)は、姉の剣幕に圧されつつもなんだかゴニョゴニョと文句を言っていました。姉は私に「あんたも何か言いーや!私たち悪くないのに悔しくないの?!」と言いましたが、私はその時事態を把握するために脳をフル回転させていたので何も喋ることが出来ずに黙っていました。

 

 

 脳の中で映像を巻き戻し何度も記憶の中の映像を見直して、私たちの死角からおじいさんが自転車で、横断歩道に向かって直角に勢いよく突っ込んできたことを確認しました。

 その後、おじいさんの音声を何度も巻き戻して意味を考えます。

「あb#*+>ろg!kぃつけろあぉが!!!」

    ↓

「危ないやろが!気ぃつけろ、アホが!!!」

、かな???

 あれ?私たちに気をつけようがあったかな?あの状況で、まさかあんな風に自転車が突っ込んでくるなんて、予想も出来なかった(本当に予想も出来ないことだったのか?と記憶の映像を再確認することをここで数回)。ということは、おじいさんが気をつけないといけなかったのではない???

 

 ははーん、姉が怒るのも無理ないな、と思い、私も怒られる筋合いのないことでアホと言われたことに少しムカッときました。

 

 私が「ムカッ」という感情を覚えた時には、おじいさんは自転車で遠くに走り去っていました。

 

 

 

 不快な音や感触によって瞬間的に「ぎゃぁぁぁ」と爆発することはありますが、「出来事」によって感情を起こすのは時間がかかります。

 嬉しいという感情はあまり考える必要のないシンプルな出来事からくることが多い(気がする)ので割と早いです。悲しみは、「こういうシチュエーションで過去にも悲しくなった」という例があればすごく早くその感情に到達することができます。

 怒りは、間違った怒りを相手に感じてはいけないと思うからか余計に手動処理の手間暇をかけて精査してしまいます。

 

 

 結果、穏やかな人に思われるのは良いのですが、ストレスのやり場を失うことが多いです。

 

 

 

 何度も使う「自動・手動」という言葉ですが、そのうち手動思考について詳しく書こうと思います。