脳のCHAOSを考察する。

発達症併発(自閉スペクトラム・ADHD・LD)、共感覚を持つ私の見ているもの

Is this your pen?

「人の表情や言葉のニュアンスから色々なものを読み取ることが出来ない」の具体例

 ASD最大の特徴と言える「共感が出来ない」「人の心理がわからない」ことによるコミュニケーション障害。「人の言葉や行動の意図が読めない」ということなので、普通の感情がないわけではないのですが、簡単な説明しかしていない本やサイトでは誤解を招きかねない書き方がしてあるように思います。意図が読めないとは、どういうことか、あくまで私の場合ですが、具体的に考えてみます。

 

 

「これは、あなたのペンですか?」

この疑問文、シチュエーションによって求めている答えが違います。

 

これは、あなたのペンですか?」

「あ!それです!それ!」

 

「これは、あなたのペンですか?」

「はい、私のです。」

 

「これは、あなたのペンですか?」

「そうなんです、こう見えてもそれ、ペンなんですよ!可愛いでしょ?」

 

 

↑は、定型発達の人の答え方。私は、どの場合でも

「はい、これは私のペンです。」

と答えると思います。シチュエーションと言葉を結び付けて、相手が何を訊きたがっているのか、咄嗟に判断することが出来ません。

というか、人の話すことはいつでも聞こえた言葉以上に色んな意図があるということを頭で理解していても、実際のコミュニケーションの中で忘れていることも多く、何の疑問もなく相手の言葉を繰り返すだけになることが多々あります。

(「これ」を「それ」に言い換えるというようなちょっとした距離感の違いから必要な応用も忘れがちです)

 

 

 

世間話も苦手

「ただその場の空気を良くするための話題振り」と、「本当に私に尋ねたい、伝えたい話」の区別がつきません。

お天気の話はさすがに、「暑いねー」に対して「蒸し蒸しするね」と少し言葉を変えたりして同意すればいいと今はわかっていますが。

 

「元気?」

の質問に、真面目に詳しく答えてしまう傾向があることに自分で気が付いてはいるのですが、どうしてもやめられないまま34歳になりました。

私は、相手が嘘で「元気だよ」というのが悲しいからです。そんな無理していらないからです。

心配かけるのは悪いから元気と答えるのが礼儀だったり、体調のことに深入りしてほしくないというのもわかりますが、「元気だよ」を信じて普通に接していたら後であの時とても具合が悪かった、などと何かで知って「立ち話せずに早く帰してあげたら良かった」と落ち込むことが何度かあったのです。

相手のちょっとしたニュアンスから本当の体調を察する力のない私としては、何でも正直に言って欲しいという気持ちが強いです。

 

 

 

 

 

私に対して社交辞令や気遣いの嘘は本当に不要なのですが、普通の人はごく自然にそれを当たり前のこととしてするので、私にだけやめてもらうというのは出来ない相談らしいです。

「気遣いをしない自分」「歯に衣着せぬ言い方をする自分」のことが嫌になるらしいのです。

 

とても難しい問題です。

 

私は、そのストレスを我慢して私に合わせてよ、とはもちろん思いません。

私が言葉の通りにしか受け取ることが出来なくても許してよね、とも思いません。

みんなに理解・協力をしてほしいとは思いません。

 

私が定型発達のひとのことを理解していないのに、一方的にこちらのことを理解してくれとは言うことは出来ません。

 

 

ただ、適応する努力を怠っていると思われることは悲しいです。

発達障害を持っているひとは、一見、とてもマイペースなのだと思います。

自分のペースで、好きなときに好きなように動いて、好きなものにだけ集中して、嫌な物は全力で拒否して、わからないものはいつまでもわからないままで。

 

一見自分勝手に好きなように生きているように見えるけれど、この世界は、いつでも多数派(定型発達)の土俵です。定型発達のひとの決めたルールで回っています。

初めて社会に出た時(ほとんどの場合幼稚園や保育園)から、そのルールをなんとか理解しようと、脳をフル回転させ続けて生きているのは間違いないです。

 

 

それでも成果が出なくて人に迷惑をかけたり傷つけたりするので、自分の努力が足りないとか人に比べて怠け者だから自分はダメだと劣等感でいっぱいになります。

 

 

発達障害を持っているひとたちはゆっくりマイペースに、またはADHDのように好きなように動き回って自由人、みたいに見えたりしますが、本当にマイペースに生きているひとはなかなかいないんじゃないかと思います。

 

 

 

今度、非常にマイペースにおっとりとしているように見られる私が、人々をジッと見ながら何を研究していたかというのを具体的に書きたいと思います。